ファイヤーボールなんて物理的にありえない

和紗泰信AstroFictionのSFコラムより転載

 魔法について考えてみるシリーズ第1弾です。まずは炎に関する魔法としてそれなりにメジャーな「ファイヤーボール」を取り上げてみます。これを実現できるのか? というのが今回のテーマです。

 先ず大前提として、ラノベなどでよくある「魔素」とか「MP」とか、そういうものは現実世界には存在しません。ですからこういうものは「一切無し」ということにします。

「いや、あれは地球とは違う別の世界だから」

 そういう逃げ道を出してくる人がいるかもしれません。ですが、だとしたらエネルギー保存則など、我々の宇宙の基本的な物理法則を無視しているわけですから、別の法則で世界を示すべきです。当然、万有引力の法則が成り立っているかもわからないというのが本来あるべき世界の姿でしょう。でもそういうことをやっている作品はついぞ見たことがありません。面倒くさいからその辺は地球と同じにして、魔法だけを導入するというスタイルをこのシリーズでは良しとしない、ということです。

 さて、話を戻して炎の魔法です。

 火や炎というのは、「可燃物」「支燃物」「火種」の3つが揃ってはじめて成り立ちます。これらについて考えていくことが大変重要です。魔法を使う術者はどの様にしてこれらを準備するのかを考えるわけです。

●火種

 まず「火種」から考えましょう。これは火を付けるきっかけとなるモノを指します。例えば火花。雷のような高いエネルギー。この辺が「火種」の代表格です。まぁこれは術者が何らかの装置を持っていれば良いだけです。その辺は「鋼の錬金術師」のロイ・マスタング大佐のように、手袋に何らかのモノを仕込んでも構いませんし、魔法使いが持っている杖に仕込んでも構いません。ぶっちゃけレーザーで着火しても構いませんので、何とでもなるだろうということで、ここはスルーしましょう。

●支燃物

 次に「支燃物」について考えます。これはモノを燃やす支援をする物質のことで、ぶっちゃけて言えば「酸素」です。地球の場合はモノが燃えるのは酸素があるからで、物質が酸化するときに出るエネルギーで燃え続けているわけです。ですから酸素がなくなると燃えなくなります。ロウソクの炎にキャップをかぶせると火が消えますが、これはキャップ内に存在する酸素が使い切られてしまうためです。
 とはいえ、オープンな場所で使う分には酸素が無くなることはありませんから、基本的にはあまり考えなくても良いでしょう。それに酸素がない場所だとそもそも人間が生きていけません。術者が生きていられないところではファイヤーボールを使う人もいないわけですから、そういうシチュエーションを考える意味もありません。

 ちなみに「酸素以外に支燃物はないのか?」と問われると、「酸化」を「酸素による化学反応」だとするならば「酸素しかない」というのが答えになります。例えば油が燃えるのも酸素による酸化ですし、学校の理科実験で燃やしたスチールウールやマグネシウムも、酸素と化合することによる酸化反応です。残るのもスチールウールの場合は酸化鉄ですし、マグネシウムの場合も酸化マグネシウムです。

 でもですね、酸素以外に広げると「フッ素」も対象になってきます。フッ素は淡黄褐色で特有の臭いを持つ気体として存在する元素で、強力な酸化剤ですし、水素と化合すると4300Kにも達する高温を発します。ただし猛毒で、人体にもものすごく影響がありますので、炎を上げ続けるほどの量のフッ素がある環境では人間は生きていけません。間違っても酸素と同程度の、大気中に20%ものフッ素が存在する環境では地球のほとんどの生物は生きていけません。
 そのため、支燃物についても「酸素」だけを考えれば良いでしょう。

●可燃物

 さて、問題は残る「可燃物」です。これは燃えるモノで、私達の身の回りでは木や紙、油やアルコールなど様々なモノがあります。これらが火種を媒介して酸素と反応し、燃える、つまり火や炎が上がるわけです。

 で、ですね。ファイヤーボールの発動手順をここで考えてみると、ダメなポイントがいろいろと見えてきます。

 ①術者が呪文などを唱えると、②術者の周辺に突如として炎が発生し、③それが指示した標的に向かって飛んで行く、というのが一般的な発動手順です。
 火種はまぁ良いでしょう。酸素も空気中に存在します。では可燃物はどこから現れたのでしょうか? 大気中には可燃物はほぼ存在しません。常に可燃物が存在するような環境ですと、火種が発生した瞬間に爆発したりしますしね。例えばガスが充満している部屋で火をおこすと爆発します。小麦粉などが舞っていると粉塵爆発を起こします。適度な炎が現れる可燃物は自然界の空気中には存在しません。

 すると、術者の呪文によって、どこからともなく可燃物が空中に出現する必要があります。一体どうやって?
 ガス、油、木でも何でも構いませんが、空気中に突如として出現するような物理現象は存在しません。つまり人工的に可燃物をそこに出現させる必要があるということです。

 その方法としては大きく分けると2通りあります。1つはどこかから空間を越えて持ってくる方法。もう1つはその場にあるモノから合成する方法です。

●物質をどこかから取り寄せられるか?

 まずは「空間を越えて持ってくる」のはなかなかにハードルが高いです。これ、どこか離れた場所にあるものを持ってくるわけで、離れた場所と空間を繋げる必要があるわけです。言ってしまえば宇宙における「ワープ」を地球上で実現せよと言っているわけです。さて、空間を曲げるのにどれだけのエネルギーがいるのでしょう? そもそもそのようなことは可能なのでしょうか? 物理学の世界では理論的な研究をしている人たちはいますが、「負の質量を持つ物質:エキゾチックマター」なるものが必要になるなど、かなりハードルの高い内容がつらつらと語られています。
 というか、ファイヤーボールごときのために空間を曲げてでもどこかから可燃物を持ってくるくらいなら、そのエネルギーで相手を倒せよ、と言いたくなります。

●物質をその場で合成できるか?

 では「合成」は可能でしょうか? 空気はその80%が窒素で、残る20%が酸素です。もちろん他にも含まれていますが、窒素と酸素が4:1だと考えて構いません。
 可燃物を気体だとするのであれば、二酸化炭素と水蒸気の元素を何らかの方法で組み替えれば、メタンなどの可燃物質を作り出すことが可能です。というか窒素まで使えば有機物は作れますし、可燃ガスを合成すること自体は可能でしょう。
 またスチールウールみたいなものを可燃物としたいのであれば、さすがに空気中には鉄分子はありません。でも窒素と酸素を使って核融合を行えば、鉄までの元素は作り出すことができます。

 なんだ、できるんじゃないか! と思ったあなたは世界を甘く見ています。まずメタンを合成する方法は、現実世界でも「メタネーション」と呼ばれる二酸化炭素からメタンを合成する手法があります。二酸化炭素と水素を反応させてメタンを合成する方法ですが、二酸化炭素は空気中から調達するとして、水素は水蒸気を電気分解するしかありません。大気中で水蒸気を電気分解? そのような手法は存在しません。そもそもその電気はどこから持ってきて、どの様に空気中に流すのでしょう。雷を使いますか? だったらそのまま雷で攻撃したら良いのではないでしょうか。

 次にスチールウールのようなものを窒素や酸素から作り出すのは核融合反応を起こす必要があります。CNOサイクルというものですが、これには太陽の中心部を越える高温と高密度が必要ですし、発生するエネルギー量が半端ではありません。何しろ超新星爆発を起こす前の恒星のエネルギー源になっている反応ですから。正直、そのまま攻撃に使えるレベルです。できあがったスチールウールを燃やして火の玉を作るくらいだったら、CNOサイクルのエネルギーで攻撃しろよ! と言いたくなります。

●飛ばす意味ある?

 さらに問題があります。ファイヤーボールは燃えている何かを標的に向かって飛ばさないといけません。術者の周囲に現れたものを飛ばすには、加速するためのエネルギーが必要です。どうやって加速するのでしょう? メタンなどの可燃ガスを加速するのはそもそも無理ですし、もし飛ばせたとしても空気中の窒素や酸素に邪魔されて霧散してしまいます。塊のまま飛んで行くのは無理。
 固体や液体なら塊のまま飛ばすことが可能となるかも知れません。ですが、あまりに速いと炎が消えてしまう可能性があります。ロウソクの炎を吹き消すのと同じ理屈ですね。ですからゆっくり飛ばすしかありませんが、今度は重力によって地面に落ちるという問題も生じます。長距離を飛ばすのは難しいと考えるべきでしょう。せいぜい10mも飛ばせれば御の字ではないでしょうか。

 だったら、直接対象を燃やせよ。どこかから火種、可燃物を空間に出現させられるのであれば、対象物周辺に発生させてそのまま燃やしてしまえば良いのです。飛ばすのは効率が悪すぎるだろ。
 むしろ、マスタング大佐のように指パッチンで標的を燃やした方が格好良くないか?!

●炎系魔法は役立たず

 他にも様々な炎系の魔法がありますが、効率面でお薦めしません。またファイヤーウォールのような防御魔法も、何から守ってくれるのでしょうか? 何が燃えているのかにも依りますが、メタンのような気体であればどんなモノでもほぼ素通りです。飛んでくるモノを燃やし尽くす? いやいや、銃弾などは融ける前に炎の壁を突破して術者に襲いかかります。もし銃弾すらも瞬時に融かすレベルの炎を用意したいのであれば、同じ温度であればせめて壁の厚みを数十メートルにするか、同じ厚みならば温度を上げるかです。できれば1万度くらいは欲しい。まぁ1万度の炎は赤くなくて、黒体放射の関係上、主な波長は紫外線領域になりますから、見える色は紫から青、つまり青い炎になっていると思いますけどね。ちなみにメタンで1万度もの温度を作るのは無理です。
 スチールウールのような固体が燃えている? それなら銃弾も防げるかも知れませんが、そもそもそのスチールウールを核融合で合成するための温度は数千万度から1億度に達しますので、その温度で蒸発させなさいよ。

 結論です。現実には炎系の魔法はほぼ役立たずです。見た目の派手さ以外には何もありません。
 ちなみに筆者の作品『やっぱり「物理」が最強!』では、ナパーム弾を「ファイヤーボール」と称して使う描写があります。たぶんこれが最も現実的な解です。