古典SFの火星人はタコではない

和紗泰信AstroFictionのSFコラムより転載

 火星人が地球に攻めてくるという内容で有名になったハーバート・ジョージ・ウェルズ(H.G.ウェルズ)の「宇宙戦争」という作品。ここで登場した火星人は大きな頭を持ち、手足がひょろひょろのタコのような姿で描かれていることで有名です。
 ですが、実はタコをモデルにしたわけではないということはご存知でしょうか?あの姿は人類を火星に適応させ、遥か未来にはどのような姿になるかを考えたものなのです。

 そう聞くと「え?未来の人類はタコみたいになるの?」と驚かれる方もいるでしょう。今回は、火星人は一体何故、どのような理由であのような姿になったのかを追いかけてみましょう。

●火星に発見された「運河」

 火星人が地球に攻めてくる「宇宙戦争」という作品が出版されたのは1898年のことですから、20世紀になる直前です。
 ストーリーは、ある日、火星表面を観測していた天文学者が火星表面での発光現象を発見します。その後、連合王国(イギリス)各地に、3本足の機械が現れ、人間を襲い出すというストーリーでした。この機械に搭乗していたのがタコのような姿の火星人だったのです。
 実は「宇宙戦争」が発表される少し前、1877年に火星が大接近した際に、ミラノ天文台長だったイタリア人天文学者ジョヴァンニ・ヴィルジニオ・スキャパレリが口径22cmの屈折望遠鏡で火星を観測し、その表面に筋状の模様があることを発見しました。その後、彼は1879年、1881年の観測結果と合わせて、火星の表面にはイタリア語の「canali(溝、水路)」があると発表しました。彼の意図としては自然地形であるというつもりだったようです。
 ところがこれが英語では「canals(運河)」と翻訳されてしまったことで、人工的な運河があると勘違いされてしまったのです。これが火星に知的生命体がいるとされる発端となりました。
 「宇宙戦争」が発表される直前の1895年には、「火星の運河」に魅了されたアメリカの天文学者パーシバル・ローウェルが、観測結果をまとめた書籍「Mars」を出版。1906年に出版した「Mars and its Canals」には火星の表面にある運河は火星人によるものであるとしていました。
 そうなると火星に運河を作るような知的生命体はどの様な姿をしているのかということに注目する人も現れます。19世紀末から20世紀にかけての時代というのは、そういう話題が宇宙や科学の好きな人々の間で盛り上がっていた時代でもありました。

●太陽系のでき方(20世紀初頭の理論)

 さて、では火星人の姿というのはどの様に想像すれば良いのでしょうか。人間と同じ姿でしょうか?「宇宙戦争」では異なる姿として「科学的に考えた結果」が掲載されました。その想像を行う際に重要となったのは、太陽系がどの様に進化してきたか、です。
 当時の太陽系形成理論は今のものとは異なります。現在は太陽を取り巻くガス円盤内にある塵がくっつき合って微惑星となり、それらが合体を繰り返して原始惑星ができたと考える京都モデルと、その修正版であるニースモデルやグランド・タック・モデルが主流です。京都モデルは林忠四郎を中心としたグループが1970年の論文を皮切りに研究を重ねて確立しました。ですから1900年頃にはまだ存在していなかったのです。
 では当時の太陽系形成理論はというと、ドイツのイマヌエル・カントやフランスのピエール=シモン・ラプラスが18世紀に唱えた星雲説(日本では星霧説とされたこともある)が中心でした。原始太陽系を形成するガス雲から惑星が形成されたと考えていますが、太陽からの距離が遠い場所から星雲がリング状に分離していき、1つのリングから1つの惑星が生まれるというものでした。外側の惑星から順番に冷え固まってできていくという考え方です。つまり地球と火星を比較すると火星の方が先に冷えてできたので、知的生命体による文明が発達しているとすれば、地球よりも進んでいるはずだと考えられていました。逆に金星は地球よりも後に冷えて固まったので、まだ太古の恐竜時代くらいかもしれないと考えられていたのです。
 金星を現在よりも数千万年から1億年程度前の恐竜時代くらいだと考えていたということですから、逆に火星は数千万年から1億年くらい先に進んでいると考えること自体、不思議なことではありません。すると数千万年後の人類の姿を想像する必要があります。それこそ400万年前に発生したアウストラロピテクスと現生人類であるホモ・サピエンスとの差など、小さなものだと思えるほど変化している可能性があるわけです。

●火星人の作り方

 そこで人類の姿がどの様に変化してきたのかを追いかけ、それが未来にまで続くとするとどの様な姿に変化するかを考えました。
 まず人類は脳の容積が進化に伴って大きくなってきたことから、進化が進むにつれてさらに頭部が大きくなると想定しました。身体の表面は猿人の頃は体毛に覆われていましたが、徐々に体毛は薄くなり、そもそも体毛の生えない部位も増えています。そのことから遙か未来の人類は完全に体毛がなくなると考えるのが良さそうです。また脳の放熱を考えても、熱を保持する髪の毛も邪魔者でしかありません。余談ですが、頭のはげている人は「未来人的である」と言い換えることができるというネタもあります。
 では身体の形状はどうでしょうか。縄文時代や弥生時代と比較すると、重たいものを持つ必要も無くなり、移動も車などの機械を利用することが増えましたから、腕や足の筋肉量は減ってきています。つまり腕や足は細くなってきています。火星の場合は重力も地球と比較すると弱いため、身体を支えるにはもっと細い足でも困らないはずです。
 消化のための内臓、胃や長い腸を納めている身体も、消化の負担が減るともっとコンパクトになると考えました。食べ物を咀嚼するための歯も、どんどん柔らかいものを食べるようになっていけば、不要になるかもしれません。少なくともものを噛みきるのに使う犬歯については、今の人類は過去の猿人に対して鋭さが減っていると考えて良さそうです。
 どうでしょう。大きくなった頭、コンパクトになった胴体、細い腕と足。口には歯もなく全身がつるつる。そのように進化していくはずという考え方が「火星人はタコのような姿をしている」と想像されたベースとなる理屈です。

●想像上の火星人はたくさんある

 ただし、「宇宙戦争」で採用された火星人の姿はタコに似たような姿をしていましたが、別の姿を想像していた人もいました。火星の大気は地球と比べると大変薄いことがわかっていました。ですから薄い空気を大量に吸い込むため、胴体の中でも肺だけはコンパクトにならず、大きくなったのではないか。また音を聞き取りやすくするため、耳は巨大化しているのではないか。
 頭が大きく手足は細いものの、大きな肺の入った胴体と大きな耳を持つ、頭と胴体がデブで、手足がひょろひょろの火星人なども想像図が描かれています。
 ですが、その他のSF作品に出てくる火星人はほとんど地球人と同じ姿をしたものでした。ある作品では火星の姫君を助ける地球のヒーローというストーリーの都合上、タコ型の火星人を助ける地球人というのは想像しにくかったのでしょう。またタコ型の異星人と一緒になって怪物と戦うというストーリーも、読者には想像しにくかったのかもしれません。火星人に限らず、その後のSF作品で描かれる、地球人と仲間になって戦う異星人は「地球人と似ているが少しだけどこかが異なっている」という姿が多いのも、視聴者の共感を得やすいことを意識している可能性があります。

●異星人とのコミュニケーションは難しい

 実のところ、人間は人間型をしていない生物に共感できるかと言われると、かなり難しいものがあると考えるべきでしょう。人間同士がコミュニケーションを取る場合、言葉によるバーバル・コミュニケーションからの情報は約20%に過ぎず、身振りや手振り、表情や声のトーンなどのノンバーバル・コミュニケーションの方が圧倒的に優位だという研究もあります。このことから、似たような姿をしている者同士の方がコミュニケーションを取りやすいと無意識のうちに選別している可能性があります。
 例えばクジラやイルカは声などによるコミュニケーションを取っているとされていますが、人類と同じ知的生命体であるとみなしているかと言えば微妙でしょう。逆にアリやハチなどの社会性昆虫も相当に高い知的活動を行いますが、知的生命体であるとみなしているかと言えば、これも微妙でしょう。彼らは人間の姿とあまりにも異なるため、人間の活動を基準で考えてしまい、彼らの活動を知的とみなせていないだけなのかもしれません。
 もっとも「何を以て知的であるとするのか」「知的生命体の定義は何か」は議論が必要な命題です。これについては他の機会で書こうと思います。

 いずれにせよ、もし遙かな未来の物語を書こうとするなら、人類の進化の行き着く先の姿を想像して書くべきでしょう。何万年も先の未来で、しかも今とは異なる科学技術文明を発達させた人類の姿は、今の私たちとは似ても似つかない姿に変貌している可能性もあります。タコのようになっているかはわかりませんけど。

●参考文献
 ・最新科学論シリーズ10「最新太陽系論」 矢沢サイエンスオフィス編、学研刊
 ・「天文地学講話」 横山又次郎著、早稲田大学出版部蔵版
 ・「火星に魅せられた人びと」 ジョン・ノーブル・ウィルフォード著、高橋早苗訳、河出書房新社刊
 ・NHK市民大学「宇宙の科学史」 講師:中山茂、NHK出版刊
 ・NHK人間大学「宇宙を空想してきた人々」 講師:野田昌宏、NHK出版刊
 ・「地球外文明の思想史」 横尾広光著、恒星社厚生閣刊
 ・天文学事典(https://astro-dic.jp/)