地球にケンタウロスは存在しない

和紗泰信AstroFictionのSFコラムより転載

 前回はタコ型の火星人を考察しましたが、今回はファンタジーで出てくる生物が地球上の自然界には存在し得ない理由を説明します。特にケンタウロスとかペガサスあたりが対象になるかな。

 さて、神話やファンタジー作品に出てくるケンタウロスと言えば半人半馬の生き物です。上半身が人間で、下半身が馬というのが定番です。これ、ちょっと考えるとおかしいことに気が付くはずです。上半身は人間ですので2本の腕を持っています。一方、下半身は馬ですので4本の脚があります。合計すると6本ですよね。

「何がおかしいんだ?」

 そう思う方もいらっしゃるでしょう。これ、実は大変おかしいのです。そこで、まずは人間について考えてみましょう。ちょっと長くなりますがお付き合い下さい。

●そもそも「人類」とは?

 今の人類は系統樹分類から行くと、次のようになります。

 真核生物-動物界-真正後生動物亜界-新口動物上門ー脊索動物門-脊椎動物亜門-
 四肢動物上綱-哺乳綱-真獣下綱-真主齧上目-真主獣大目-
 霊長目(サル目)ー直鼻猿亜目-真猿型下目-狭鼻小目-
 ヒト上科ーヒト科-ヒト亜科-ヒト族-ヒト亜族-ヒト属-ホモ・サピエンス

 例えばアウストラロピテクスは「ヒト亜属」まではホモ・サピエンスと同じです。イヌは「真獣下綱」までは同じで、その先は「ローラシア獣上目-食肉目」に属しています。
 人類は2本の腕(前肢)と2本の足(後肢)を持っています。イヌは4本足ですが前肢と後肢を2本ずつ持っているという点では人間と同じです。これが哺乳類(哺乳綱)と同列のところに位置している両生類、は虫類、鳥類であっても、前肢2本・後肢2本という組み合わせは変わりません。鳥の場合は前肢が翼になりました。
 これは「四肢動物上綱」というところに属している生物の特徴です。四肢動物以外の「脊椎動物亜門」には魚類があり、四肢動物の前肢は魚類の胸びれが、後肢は腹びれが変化して出来たものだと考えられていますので、「脊椎動物亜門」に属する生物は基本的に「四肢またはそれに相当する部位を持つ」生物だと言えます。

●「六肢動物」という分類はない

 一方、ケンタウロスはどうかと言えば、四肢動物が前肢と後肢の2対しか持っていないのに対し、3対を備えています。つまり生物としては六肢動物という扱いです。ちなみにペガサスも馬の姿の2対の脚と、1対の翼ですから、これも六肢動物と言えるでしょう。

 さてここで大きな問題が出て来ます。四肢動物は哺乳類だけでも5000種以上、四肢動物上綱全体では3万種以上の種が存在しています。すでに滅んでしまった種も含めるともっと多くなります。魚類まで含めれば6万6000種以上が存在しています。
 一方、今の地球に六肢生物がそれだけいるでしょうか?少なくとも6本足の猫っぽい生物がいるとか、6本足のカエルっぽい生物がいるという事実は今のところありません。また進化してきた道筋のわかる生物が化石として発掘されたという話もありません。つまり同じ系統樹分類に属する生物がいないわけです。そのため、地球上にはケンタウロスやペガサスが生物として進化してきて存在するという道筋はありませんし、過去にも存在していませんでした。
 もし存在させるならば、人工的に造るしかありません。それはそれで脳の構造とかをデザインするのが大変そうですが。

●「異世界生物」の作り方

 というわけですので、作中にどうしてもケンタウロスやペガサスを登場させたいのであれば、作品の整合性を考えれば、次のどれかに該当させるのが良さそうです。

1)完全なファンタジーとして世界を構築する。その際、科学考証や現代科学によるチートは一切入れない。
2)人工生命体として造られたという裏設定を用意しておく。そうすればちょっとした科学考証を入れてもクリア可能。
3)登場してもおかしくないだけの世界として、世界そのものを構築しておく。

 ではそれぞれを詳しく見ていきましょう。1)についてはそもそも物理法則なども地球とは変えてしまうと良いでしょう。何しろファンタジーですので、科学の法則などガン無視です。当然のことながら現代の科学技術に関する知識は一切役に立たないくらいの方が良いので、理系の人物が転生したり転移したりしても、科学技術の知識を使ったチートが一切行えない、っていうくらいが望ましいです。うん、知識が全く通用しなくてあたふたする主人公というのも面白そうです。そのうちそういう設定の作品を書いても良いかもしれない。

 2つ目のタイプは、例えば「太古に栄えた文明が人工的に造った生命体である」ということにすれば、全部クリアできます。ただし、滅びずにキチンと残り続けるための歴史とか、さすがに全く進化しないというのもアレなので、「昔と比べるとこんな風に変わった」というエピソードやセリフを散りばめることによってよりリアリティーが出ます。

●「異世界」そのものを作り上げよう

 3つ目は完全に新規で世界設定から作り上げる方法です。この際、人間も同時に出すのであれば、四肢動物と六肢動物が同じくらいの数出てくる世界としておくのが望ましいと思います。または完全に六肢動物しかいない世界に四肢動物の主人公が紛れ込んでしまうというのも手ですね。その場合、主人公の境遇はかなり特殊になるでしょう。

「あいつは脚が2本しかない可哀想なヤツだ」
「脚が2本しかないのに、どうして立っていられるのか」
「脚が4本ないなんて気持ち悪い」

 こういうことを言われる設定が必要です。もしくは同じ世界に「腕が4本で足が2本」の生物を出すのも良いでしょう。その代わり、やはり次のように言われるわけですけれどもね。

「あいつは腕が2本しかないぞ。突然変異体か?」
「腕が2本だと(4本あるのが基本の道具ばかりなので)生きて行くのしんどいよな」

 では、六肢動物の世界があるとしたら、どこにあるのでしょうか。もしそれを人工生命体としてではなく、自然に進化してきた生命体として設定したいのであれば、可能性としては2つです。

●「異世界」はどこにある?

 まず1つ目。地球のパラレルワールドです。生命発生の初期の頃、何十億年も前、もしくはカンブリア爆発の起こった6億年くらい前に分岐したパラレルワールドという設定です。ですから遙か昔に分岐して分かれた世界線の地球と言い換えても構いません。そこでは四肢動物は絶滅してしまい、六肢動物のみが生き残っています。そのパラレルワールドの地球では翼が2対で脚が1対の鳥類、逆に脚が2対で翼が1対の鳥類がいます。ネズミなども前肢、中肢、後肢と脚が3対あります。カエルもぴょこぴょこと跳ねるための後肢以外に、2対の脚を持っているはずです。哺乳類などの四肢動物が六肢動物に置き換わっている以外は、地球と同じ様な生態系がそこにはあると考えて良いでしょう。

 2つ目は地球とはまったく異なる、宇宙のどこかにある惑星です。その大きさや重力、空の明るさや海の広さなどは、地球とまったく異なります。もしかしたら地球に似たような環境の惑星があるかも知れませんが、異なる環境の惑星の方が設定を造りやすいかも知れません。例えば、地球よりも大きく、そのために重力が大きい惑星である「スーパーアース」を考えてみます。最大で質量が地球の10倍くらいの大きさを持っている惑星です。
 例えば地球の10倍の質量を持つ惑星で考えてみましょう。構成している元素とその比率が地球と同じ場合、この惑星の直径は地球の約2倍です。すると、質量が10倍で直径が約2倍ですから、表面重力は地球の約2倍です。そのため、この惑星では地球よりも大気圧や海洋での水圧が高くなります。
 この惑星で生き残るためには、どの様な能力を持つ生物が有利でしょうか。地球と同じ様に生命が海で発生したとすると、捕食する側、される側ともに速く泳げる方が、同じ速さであれば高い機動性を持つ方が有利です。地球の魚の場合、速さは尾びれの形状と大きさ、機動性はひれの位置や形状が関係しているとされています。もしかしたらひれの数が多ければ、様々な形状のひれを持つ事によって機動性を上げやすくなる可能性があります。水圧が高く、そのために密度の高い海水中では機動性の高い生物の方が有利になるかも知れません。仮に「ひれの多い方が有利だった」という設定をしてしまえば、六肢動物に至る道筋を作ることができます。

 実は「国立博物館物語」の中に、「ケンタウロスを発生させるため、六肢動物をコンピューターシミュレーション上で進化させる」という話がありました。結末についてはここでは触れませんが、6本の脚を持つ様々な動物の姿が描かれていますので、ご参考下さい。

●おまけ

 ここまでは「六肢動物は地球上にはいない」という話でしたが、実は6本の脚を持つ生物であれば地球上にも存在します。もっと言えば8本の脚を持つ生物などもいます。6本脚の生物というのは昆虫類です。

 真核生物-動物界-真正後生動物亜界-脱皮動物上門ー節足動物門-六脚亜門-昆虫網

 これを見てもわかる通り、「新口動物上門」に属する人間や哺乳類と比べると、「上門」レベルから異なる生物群であることがわかります。ですが、例えばカマキリの仲間は2本の前肢(カマ)と4本の移動用の脚を持っていることから、「ケンタウロスっぽい生物」と言えなくもありません。
 ただし脊椎動物と同じ脳はありませんので、まったく異なる生物であるという認識が必要です。はしご状神経系から進化した脳っぽいものはありますが、何しろ頭がなくなっても生きていますから。でも脚と腕の動かし方などは、ケンタウロスの設定を行う際の参考にできるでしょう。

●参考文献
 ・「遊泳・飛翔生物の運動の非定常性と波動性について」 劉浩,バイオメカニズム学会誌,Vol. 34, No. 3 (2010)
 ・「国立博物館物語」 岡崎二郎著、小学館刊
 ・「レジェンド」 神無月紅著、小説家になろう
 ・「異星人の作り方」 CONTACT Japan編
 ・「科学 IN SF」 ピーター・ニコルズ著、小隅黎監訳、東京書籍刊